今年の夏のおもひでだが、日本で初めて子供を連れて夏祭りらしきものに行った。実家の近くの小規模な地元のお祭りだが、まぁそりゃもうハッスルしてくれました。何よりなにより。
ちなみに妻はソースせんべいの梅ジャムの美味しさを熱弁してくれましたとさ。
いわゆるトラディショナルな屋台の連なりに金魚すくい、輪投げ、射的、型抜き、etc.
「何十年経ってもこういうのって買わんねぇなぁ〜」とほっこりしながらフラフラしていると、息子が
「これやる!」
スーパーボールすくいだ。これもまた懐かしい。
店主は愛想の良いおっちゃん。しかしその彼の前に立てられた板っぺらに記載されていた内容が我々の目を引いた。
「モナカ300円、おたま500円」
おたまって何?
見ればスーパーボールたちのいけすの真ん中におたまがいくつか並べてある。
どうやらプラスチック製のおたまでひとすくいだけして良いというルールのようだ。
夫婦で顔を見合わせる。
息子は4歳。祭り初心者。正直スーパーボールすくいのルールもやり方もよくわかってない。モナカがどう壊れるかもわかってない。単にノリでやりたいと言ってるだけだ。
、、、モナカでやったら間違いなく釣果はゼロだろう。
「、、、ま、とりあえずやらせてみっか」
100円玉三枚を手に握らせるちょっと恥ずかしそうに店主のおっちゃんにそれを渡してモナカを棒に付けてもらう。隣でやっていたお兄ちゃんの姿をチラッと見て、、、
一番でかいやつを狙ってズバッ!必然モナカはモナカたる特性を持ってしてボロッ!
一撃終了だ。
おっちゃんには変わらず愛想良く「残念!」と小さいスーパーボールを2つ袋に入れて息子に渡してくれた。
息子は何が起きたかよくわからない様子でとりあえずおっちゃんから手渡された袋を眺める。
本人どう思ったかわからないが、妻、同行していた祖父からツッコミが入る。「もっと小さいの取らなきゃー」「モナカは水に浸かるとすぐ壊れちゃうから」
本人どう思ったかわからないが、
「もっかいやりたい!」
「まぁまぁ他にも色々あるからさ、、、あ、ほら、りんご飴食べる??」
そのあと、水風船釣り、金魚すくい、ソースせんべいのクジを引いて、祭り太鼓を叩いて、
「さて、そろそろご飯だから帰ろうか」
「、、、もっかいスーパーボールやりたい」
妻と顔を見合わせる。今度はおたまか?
「あのね、次はちっちゃくてきれいなのたくさん取るんだよ」
「オシ、そう言うならやってみろ!」
結果は7個。
よく頑張ったねぇーと盛り上がりながら家路に着いた。
さて、
最初からおたまにしとくべきだっただろうか?
600円で9個のスーパーボールは大した釣果だとは思えない。とはいえ500円のおたまのひとすくいで9個以上取れるだろうか?果たして取れたとして意味があるだろうか?
いや、確信している。
モナカやらせて良かった。
子育てはその過程で親が鍛えられるように思っている。親の背を見て子は育つわけで、それに習うか反面教師にするかは置いておいて、少なくとも親のありのままを曲げるような行為は子どもに見抜かれる。つまり子どもと、家族と進みたい理想があるのなら、まず自分自身がそれにadjustすべきなのだ。
翻って、子どもを育てることは、日々自らの背を正すことでもある。
小さな失敗、そして成功体験。
今回息子が得たのはそのふたつだろう。
300円が安いか高いかはひとそれぞれだが、息子はそれを無計画にアッサリと無駄にした。
いや、無駄にはしなかった。
反省して、自分なりの目標と戦略をもって次のトライで成功した。
極めて小さな話だが、こういう小さな失敗と成功の積み重ねが成長であり、失敗か成功かを置いておいて、自分の意思で何かを考えてモチベーションを植えて花開かせようとがんばるプロセスを一つ踏んだこと。そしてこれを習慣化することが何より強い子を育てるために必要な要素なのではないかと思う。
おたまで9個取れるだろうか?取れたとして何が残るだろうか?
確実に取れるおたまで取って何の意味があるのか?確実に勝てる人生を歩んで何の意味があるのか?
しかし世の中おたまを使わなければならないシーンがある。いや、むしろしょっちゅうであると言って良い。人生、おたまがあったらどんなに楽だろう!と思わざるを得ない状況にまさにいま置かれている人も多いかもしれない。
おたまの乱用が生み出すものは何だろうか?話を子どもに戻してみる。
おたま環境で育った子ども。生み出されるものは?
確実に与えられる
→与えられないことに耐えられない
結果がわかっていることに慣れる
→ 飽きっぽい。チャレンジしない。無気力
安全な選択肢がある
→ いざというピンチに弱い
ロクな子どもに育たない。
大人に戻してみよう。
堪え性なし、飽きっぽく、無気力、ピンチに弱い。。。
それでいいのか?
損する、最大の釣果は得られないとわかっている、でもあえてモナカを選ぶ強さを持ったオトナでいたい。


