mixture-art@Q
技術+アイディア+世俗+なんとなく思ったこと、すべての融合がmixture-art
右から左へ、ではなく、土から稲へ、と言えるような

これは自分のためのメモ。

もし忘れてた自分がいたら、今の、まだ忘れていない自分が怒るためのメモ。

情報を握ることは気持ちがいい。
自分ならコレをアレにつなげることができる。
それ自体はとてもすばらしいもの。

「自分しかできない」には優越感がある。
そんな自分になること自体が、スキルアップでありキャリアアップであるようにも見える、一見。
でもそれは状況・環境に依存した話でしかなくて。。。それってホントに自分にしかできないの?

右から左へ、は一番嫌いなことだ。
何かモノや価値を創造しそれを提供するプロセス、
その線上のどこかに自分はいる、という自分ルールを忘れてはならない。

土壌を整える役割でも良い、そこに稲を植える役割でも良いし、稲を刈り取り家庭の食卓に届ける役割でも良い。
でも土地を持っている人に稲を植えるよう進める役割だったり、その土地を査定する役割だったり、
稲の刈り方の効率化を研究する役割だったり、出荷する稲のそろばんをはじく役割だったり、、、
それらは違う。

創っている、という限りなく直接的で愚直なプロセスから外れたら
そのときはものづくりからスッキリ手を引くべきだ。

あくまで自分でやれ、という意味ではない。
自らの足でいい稲を持っているひとを探し、土地を確保してくれるひとを探し、協力関係を取り付け、
回収からエンドカスタマーへのルートは人任せ、だとしても、それはプロセスへの関わり方のひとつだ。

「いい稲つくってますよ!」と全力で言えなくなるときが来たら自分でわかるはず。
実感が無いのにそう言えるほど、おれは嘘つきじゃないよ。

なぁ、おれ。


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