「てーへんだ、てーへんだ!」
「おう、どうした松っつぁん」
「魚屋の梅さんが会合でぶち切れちまって、てぇへんなんだよ」
「あん?今日は来月の花火大会の打ち合わせじゃなかったんかい」
「そうよ、そこでひょんな雑談から八百屋の美代ちゃんが、「梅さん、アナログだねぇ~」なんてからかったら
どーやらそれが最近息子にもよく言われちまってるみてぇでよ、
「おれはそんなにアナログかー!てかアナログってなんだよ!」ってな調子で大変なんだよー。
Qちゃんどうにかしてくれよ」
「事情はわかった、おぅまかしとけぇい!」
というわけで本日はデジタルさんとアナログさんの話です。
そもそもデジタルとアナログの認識ってどんなんでしょう。
10代の女性100人に聞きました。
・デジタル=パソコン、ケータイ、最近の家電
・アナログ=なんか古い機械、扇風機とか
うん、80点。
そもそもアナログとかデジタルとかってかなーりの技術的・数学的用語で
普通の人には縁がなかったのではないでしょうか。
それがなんでここ最近になって急速に表面化してきたか。
当然メディアの力もありますが発端は「地デジ」でしょうね。
「えー、早くデジタル化しないとやばいよ」みたいな空気が流れました。
それに便乗して
アナログ人間=古臭くて頭固い
デジタル人間=新しいものを取り入れていく新人類
みたいなイメージ戦略(?)が世の中にスポッとはまったんだろうなぁ。
最近じゃ『デジタルネイティブ』なんてことが言われてもてはやされていますが。
さて、『正確かつ難しくなく』技術的・数学的意味での
デジタルとアナログを定義するなら以下なんてどうでしょうか。
・デジタル=きっちり区切られた値のこと。整数みたいなもの
・アナログ=それ以外。小数とか無理数とかルートとかさぁ(ありゃ、もう眠くなった?笑)
例えば、
庭で超デカいバッタを見つけたのですが取り逃がしました。
「マジで、でかいバッタいたんだってば!」「え~なんだよぉ、あ?大きさは?」
と聞かれた際のそれぞれの返事はどうなるでしょう。
・デジタルさんの返事「全長20cmジャストでした!」
・アナログさんの返事「いや、こんぐらいだってば、こんぐらい!(手で示す)」
「えー、超てきとーじゃね?オマエー!?」
この差をちょっと難しい言葉で『離散化』と言います。「離散家族」で覚えてください。
実際はバッタのサイズが20cmジャスト、というのは難しいと思います。
だってジャスト20cmならmmに直しても200mmだけど、
ホントは微妙に 201mm だったかもしんないもんね。
そう考えるとホントに正確に答えられているのはどちらか?
ひょっとしたらアナログさんの方かもしれません。
世の中のほとんどの事象は実はアナログなんですが、みんな離散化して理解しています。
デンマーク代表FWの身長だって194cmジャスト、なんてことはないけど
「中澤よりちょっと高い。ちょっとってこのくらい」なんて言われても困るので
真の意味で正確じゃなくても「194cm」と言ってくれた方が便利。
温度計だって昔は水銀がぴゅーと上がったり下がったりするやつで
だいたいで気温を読んでたはず。「うーん、、、 24 、、、 .5 ℃」ってね。
根っからのデジタルなものといったら
・人数
・回数
・個数
とかでしょうか。
そういう意味では、人間は離散化を巧みに使いこなすことで
知識を習得し情報を共有し経済を発展させることに役立ててきた、と言えるかもしれません。
ちなみに時間は本来アナログ量ですよ。なのでたまに誤差を修正してる。
ここまではけっこー厳密にアナログとは?デジタルとは?で話をしてしまいましたが
最近一般に言うデジタル、アナログってのは『機器内部の処理』っていう意味で使っていますね。
ブラウン管テレビやFMラジオは『アナログ』で、パソコンやケータイが『デジタル』というカンジで。
アナログな処理、というのは自然界から取り入れた信号をそのまま処理し
最初から最後まで離散化したデータにはしない処理のことで、まぁ古くからある技術なんですが、
安く簡単に実現できることが利点で、曖昧だったり処理が不安定だったりするのが欠点です。
実際古いFMラジオなんかは『電波の強さや時間差など』というアナログ量をそのまま
電気回路や機械部品の働きで『音』というアナログな形に出しています。
小学生の夏休みの宿題レベルで手作り可能ですが、でもね、アナログってとっても繊細。
なかなか受信感度を良くするのは難しいです。(音もよくないしね)
デジタルな処理、というのは離散化されたデータ(主に 1 or 0 の値の羅列)を
デジタル専用の回路や機構の中で行われる処理のことで
高速かつ安定した処理が可能で簡単に作れることが利点ですが
そもそも『自然界にデジタル量はほぼ存在しない』という困った問題があります。
デジタルの値ってのは大抵が元々はアナログだったものを離散化させた結果のことです。
自然界のものを、さーて処理すっか〜の前にスッと定規で測る訳です。
なので離散化の細かさ、その定規の精度次第ではデジタル処理はその価値を失います。
適当な定規で離散化したらなんのこっちゃわからなくなって後の処理が困っちゃうということ。
例えば、
「ベントナーの身長は?」「1mか2mかと言われれば2mだね」
「中澤の身長は?」「1mか2mかと言われれば2mじゃねぇの」
「それじゃあベントナーと中澤どっちが背が高いの?」
これでは判断できませんよね。
普段皆さんがよく目にするいまいちな離散化の代表例がデジカメかな。
画素数が低い(離散化の定規が荒い)と結局のところ画としていまいちなものになりますよね。
さてね。
ここまではデジタルとアナログの区別の定義とその関わり合い的な部分について話してきましたが、
、、とはいえとはいえ、しっかり考えてみると、
ブラウン管テレビを動かすためのリモコン信号なんかは信号伝達の方法は至ってデジタルだし、
逆にデジタル機器の代表格であるケータイだって電波を送受信する仕組みは至ってアナログだったりするのです。
現実にはほとんどのものが実は『デジアナ混在』なんですね。
さらに言えば、デジタルを支えるのはアナログであって、アナログをサポートするものがデジタルなのです。
すべてのものは本質的にはぜーんぶアナログで処理可能です。別にデジタルなんていらない。
だけどそうすると大変だし金がかかるし大規模になるし処理が遅いし、でデジタルに助けてもらっている。
逆に今はたくさんのものがデジタル化されてきたけど、
そもそもアナログの支え無しではデジタルはピクリとも動きすらしない。
世界はデジタル化されてアナログは滅びると思っている方、大間違いです。
アナログな自分は淘汰されてしかるべき、デジタルなんてわかんないし、、、と思っている方、それも大間違い。
デジタルとアナログは常に緻密に絡み合って共存共栄して発展していくものなのです。
デジタルだけしか把握してないデジタルっ子、
ケータイの電波ってどういう風に飛んでるのかちょっと疑問に思ってみて下さい。
アナログだけしか把握してないアナログ日本男児、
テレビのつまみは昔ロータリースイッチだったけど今はリモコン。リモコンてほぼデジタルだぜ。
でももう何も抵抗ないでしょ?
両者歩み寄り、両者尊重していけるといいですねー
なんてものじゃなく、必然的にそうやって世の中は進んでいきますよ。安心して。滅びません。どっちも。
「とーちゃんTwitterくらいやっとかなきゃダメだよー。このアナログ人間がー。」
「てやんでぃ、アナログをなめるなよー、
このパソコンがインターネットに繋がってるのもアナログの伝送技術だし
ケータイがここまで小さくなってるのも電池やアンテナのアナログ技術のお陰なんだぞ~」
「へー、とーちゃんすごい!」
めでたしめでたし。

