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マルディーニの言葉とセコイアキャピタル

パオロ・マルディーニ

90年代ACミランの黄金期において中心選手として活躍し、セリエA優勝7回、チャンピオンズリーグ優勝5回。
イタリア代表としても長年キャプテンを務めW杯準優勝を経験する言わずと知れた名選手だ。
16歳で名門ミランでデビューすると瞬く間に代表選出、
数々の華々しい実績を残すと選手人生の晩年も41歳まで変わらずミランでプレーし続けた。
2009年に現役引退。

彼の名言は数知れないが、とあるインタビューの中に印象深い言葉がある。

「あなたは何故ここまでの名選手になれたと思いますか?」

以下、マルディーニの回答

「私はミラノに生まれて気付いたら当たり前のようにミランのサッカースクールに入っていた。
 これは全く特別なことではなく、
 ミラノに生まれた男の子たちはみんなACミランの選手に憧れて入るものだ。
 養成機関にはカテゴリーがあり、歳を追って上がっていくごとに徐々に門戸を狭めていく。
 ミランは皆の憧れだから別の都市から、ときには海外からも新しい選手が入って来る。
 レベルは非常に高かったよ。
 思い起こしても、私より遥かに才能がある選手がゴロゴロしていた。
 才能だけで見たら私は決して突出した選手ではなかったんだよ。
 しかし私は負けず嫌いだった。
 だから誰にも負けないように練習した。
 16歳でミランのトップチームでプレーできたことは非常に幸運だった。
 当時のトップチームはフランコ・バレージという世界最高のディフェンダーを中心に
 間違いなく世界最高峰の選手たちが揃っていた。レベルは当然高かった。
 私はまたそこでも皆に負けないように練習した。
 そして気がついたらイタリア代表に選出されていた。
 当時のイタリア代表にはバレージだけでなくベルゴミ、ゼンガ、ドナドーニ、多くの名選手がいた。
 私は彼らのとなりでまた負けないようにがんばった。
 そうするといずれ、私はイタリア代表でもキャプテンを任されるようになっていた。
 私はミランでもイタリア代表でも幸運なことにいくつもの栄冠を手にすることができた。
 しかし私はいつでもただその環境でレベルの高い選手たちに囲まれ、
 彼らに負けないように練習してきただけなんだよ」

環境が人を作る

ということだ。

当然マルディーニ本人が謙遜するほど彼が
『さほど才能がある選手ではなかった』とは思えないけど
本人がそう言えるくらい周りのレベルが高く刺激に溢れていた、というように解釈できる。

「マルディーニがもしイタリア南部(サッカーが弱い地域)で生まれていたら?」
なんて仮定はまったく意味をなさないわけだが、やるだけは面白い。

どんな地域に生まれようと才能のある選手はどこかで頭角を現す。
きっとユースカテゴリーくらいに上がる頃にはしょぼい地元のチームの中で
「あれ?ひとりだけ巧いやつがいるな」
とスカウトの目に留まってどこかのチームに引き抜かれて上京する。
この時点ではマルディーニの言葉を借りればまだ「突出した才能はない選手」のはず。
ここからいくつかの競争を経験することで徐々に成長していく。
セリエBかCかで少しプレーするとそろそろビッグクラブの目に留まるようになる。
二十歳くらいになる頃にはどこか大きなチームに引き抜かれるが、
いきなりミランは厳しいかもしれない。
セリエAの中堅所で1, 2年実績を残すとそろそろイタリア代表も?との声が。
ここでようやくビッグクラブに引き抜かれる。

さて、ここまで考えただけでもやはり『遅れ』が目に付く。
キャリアの終着点に彼がどこまで辿り着くことができるかトレースするのは難しいが
やはりスタート地点が遅れることは間違いない。

さらにここの想定ではビッグクラブに入った時点で22歳。
10代の成長期は終え、即戦力、即実績が求められる。
やんちゃをしてもチームは『成長性』を見てはくれない。
きっちり結果を残さなくてはならないプレッシャーのかかる年齢だ。

これだけでも成長に必要な何か重要な機会が失われてしまっているように感じざるを得ない。

言うまでもないことだが環境は全てではない。

完全に整った環境の中で堕落していく例も枚挙に遑がないわけだし、
劣悪な環境の中でこそ育つハングリー精神もある。

しかし環境というものがかなり上位プライオリティに位置する
重要なファクターであることは否定できないだろう。

むしろ『環境』の方が『才能』よりも重要であるとマルディーニは示唆している。


さて私事だが、先日280号のフリーウェイをCupertinoに向かってドライブしていた。
280号はあまり使わない道なので目的の場所を見落とさないよう出口標識注意しながら進んだ。
するとStanfordを周辺にさしかかった辺りで”Sand Hill”の文字が目に飛び込んで来た。
何度か来たことがあるが、いわゆるVC = ベンチャーキャピタルがたくさんある場所だ。

当然今日の用事はSand Hillではないので通り過ぎると左手に統一性のある特徴的な屋根の
『ひとつのエリア』が見える。

Sequoia Capital(セコイアキャピタル)

だ。


大きな地図で見る

セコイアはシリコンバレー最大レベルのVCで
シリコンバレーの発展と成長の『裏の象徴』のひとつとも言えるかもしれない。

「セコイアが出資してるなら本物だ」

そんな言われ方をするような扱いだ。投資額も大きいが、当然参入ハードルも高い。(きっと)

そんなセコイアを横目にハンドルを握りながら

「ふーん、いつか自分のビジネス引っさげてセコイアで商談したいもんだ〜」

なんてことを考える自分がいるわけだ。

純度100%の『深い意味無し』で。

将来のことはわからないが当然私はシリアルアントレプレナーでも無いし
現在もスタートアップに所属しているがFounderでもExecutiveでも無いし
ただのいちエンジニアだ。

でも、そんなことを考えるのだ。

これってつまり『環境の作用』じゃないだろうか?

シリコンバレーはそんな環境である。

先日出逢ったシリコンバレー出身のDave。
彼はmoduleQという会社のCEO&Founderだが、
「家族や親戚に会社経営者だったり何かしら事業を行っている人が多くて
 自分が将来会社をやるってことも別に『当たり前』だと思っていた」
と言っていた。

全員が全員そうなるというわけではない。

しかしたくさんいるそういう子供達の中から数名の突出したアントレプレナーが出てくる。
そうやってシリコンバレーは回っているわけで、やはり環境は大事であるに違いない。

一児の父としては、
これから我が子に対して何が与えられるか?ということを考えることはよくあるが、
そうすると、ひとつの明確な回答はやはり『環境』である。

環境がひとを作る。

みな人生を振り返れば善にせよ悪しにせよ心当たりのひとつやふたつあるに違いない。



ちなみにマルディーニの例は、パオロのお父さんはチェザーレ・マルディーニという
これまたACミランで活躍した名選手で「オイオイ、環境良過ぎ!」というツッコミはごもっともだが
本人がそこを強調しないのでここでも強調せず悪しからず。