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ファイゲンバウム教授「起業特区で日本経済の復活を!」

シリコンバレーで知り合ったVCの友人からオススメされた本を読んだ。

「起業特区で日本経済の復活を!」

2002年に出版された古い書籍だが現在進行形で生で経験していることをしっかり整理してくれていて
かつ、日本って10年前から、というかもっと前から変わんないんだなぁと自覚させてくれる。
その他細かいことも非常に勉強になったので
まずは本の内容の要約とそれを受けてのフィードバックをまとめてみる

ちなみに以下のリンクから無料で閲覧可能だ
http://davidjamesbrunner.org/wp-content/uploads/entrepreneur-j.pdf

著者、エドワード・ファイゲンバウムのプロフィールは以下を参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/エドワード・ファイゲンバウム


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(要約の部分)
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バイバイバイ作戦(中小企業法)

政府が新興企業のアグレッシブ過ぎる製品の『購入』をサポートするという考え方
例えば日本はコンピュータシステムの分野においてまったく逆のことをしている
政府は自らのシステムを中核部門の大企業に発注し、巨額の投資をしている
それはつまり日本の若者はそれら『既に成熟したもののメンテナンス作業』に従事しろと
日本政府から方針付けられているようなものだ
アメリカでは法律で政府のシステム投資の数%は中小企業のみが入札対象になっている
しかし実は『最終顧客』という視点で見ると日本人の「早期導入」に対するモチベーションは
世界的に有名なほど高い。要するに「新し物好き」が多いということだ
ところが組織に入ると一気にそれがひっくり返る
それは中途採用市場が流動的ではなく終身雇用制が主流であることにより
内部昇進を突き進むことがひとつのサクセスストーリーである組織文化からすると
一度の失敗も許されない風潮が流れるのは当たり前で必然的に判断が遅く消極的になる
と単純に並べたがこれらは実際流動的に結びついていてもはやニワトリタマゴ状態
しかし日本企業や政府のITシステム導入の遅れは間違いなくこの保守的な姿勢のせいだった

ローリスクローリターン型新興企業

中核部門(すでに確立された市場)に存在する新興企業
ちょびっと新しいことをやるだけの経済成長には貢献しない起業家精神に欠けた新興企業のこと

『押し出す』と『引きつける』

起業モチベーションが日米で大きく異なる
日本は大企業が嫌になったひとが『押し出されて』起業する
アメリカでは新技術やアイディアの実現に取り憑かれたひとが『引きつけられて』起業する

中間管理職

日本のケースは早期利益化のために下請けに手を出すケースが多く、
そうすると中間管理職を置く必要がない(コスト削減)
会社の成長も遅く社会経済には寄与しないが、しかし「小さなオアシス」の役割を果たす

中間管理職は成長の上で大きなキーとなる
躍進を遂げる優秀な企業には必ず優秀でプロフェッショナルな中間管理職がいて
良い給料をもらい高いモチベーションで仕事をしている
それによって経営層はビジネスのディレクションと資本計画に集中でき
ひとつひとつの細かい問題に右往左往させられることがなくなる

中間管理職がいないということは業務内容がある単一で小規模な機能の開発やサービスで完結している
発展性の薄い企業であることの証明であってそのままでは大きな成長を見込みにくい。

出口戦略(Exit)が明確でないとVCは投資できない

わかり易い例「5年以内に売り上げ300億円を突破しIPOします」
(5年以内に売上げ150億円以上、というのは投資基準のひとつ)
Exitはほとんどの場合でM&AかIPOなわけだがそのひとつのM&Aが日本ではうまくいかない
M&Aは起業家が成功報酬の代わりに企業の支配権を渡すことだが
日本ではそれが『敗北』のように映る
米国では普通は2, 3回目の出資が終わった後、
創業者は『少数株主のひとり』でしかなくなるのが通常だ
経営権はあるが、大株主の意向次第では解雇される
それが嫌でVCからの出資を断る創業者兼CEOは日本では少なくない

また日本企業は水平統合が苦手でそのためM&Aも苦手だ

エコシステム

「みんなでリスクとリターンをシェアする」という感覚がアメリカにはある
その最たるものがVCであり、さらには小口の投資家や顧客もそうである
リターンをシェアできる旨味もあるし、勇敢な起業家を破滅させないためのサポートができる

驚くべきことだが日本では1999年までストックオプションが法律で認められていなかった
倒産の際にも銀行などが融資を理由に個人の資産を押さえ、破滅させることができるのだ

しかし一方で日本のGDPに占めるR&D支出の割合は世界トップクラス
研究開発大国には違いない。つまりたくさんのイノベーションは眠っているはず、なのだ

リスク

NIMBY (Not In My BackYard 「うちの裏庭ではやんないでよ」) の精神
リスク回避のスペシャリストばかりで『リスク管理』のスペシャリストが皆無

風習

日本の新興企業における人材確保の困難さの背景はストックオプションが有効ではなかったこともあるが
親が安定企業への就職を願う慣例など背後にあるものは大きい

また先ほどのM&Aが敗北だと感じる世の風潮
比較的早急な利益確保を要請する金融機関に企業の金策が依存し続けてきた歴史など
新興企業が育つ上での様々な障壁が日本自体に存在する


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(感想とフィードバックの部分)
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初期から自分以外の経営者と社外取締役を入れる必要性

私は経営を専門に勉強しスキルを積んできたような人間ではない
当然そういうノウミソは無いではないが、資金計画や成長戦略を練りながら
同時に細かい技術的なソリューションを考えて押し進めていくのはやはり無理がある
両者は時として対立もあり得ることがらだし、
その際にひとりで両者の立場で総合的判断を下せると、自負するのは
それって明らかな思い上がりではないだろうか

例えば最初を非常に小規模(例えば自分ひとり)でスタートさせるのだとしても
少なくとも他企業に属しながら経営に客観的にクチを出す人間というのは必要だろう
これはVCに対する説得性の確保もそうだが、
あとは最初から『自分だけのものではない』状態にする覚悟がExitへの前振りとなるのだ

リスク管理

おれ自身『リスク管理』なんてものは正直よくわからないが(教育を受けていないし)
原子力発電所などの例え話での指摘は福島の件で現実となった。非常に図星極まりないと思う
発電所そのものは積極的なチャレンジの末の失敗のように捉えることは出来るし
もし聞かれたらそりゃ「リスクはありませんよ」と経営者は言うだろう。だってやりたいんだから
それに対して国民はリスクとリターンをシェアしたわけだから
今さらマイナスのリターンが来たからって被害者面は正しくない

ということをおおっぴらに言うとものすごく叩かれそうなのであまり深くは触れないが、
これって日本人の性質を表している一面なのかもしれない。

リスクを取ることに慣れていなくて、どう収集をつけたら良いのかわからない

リスクを取ること自体は別に悪いことではない
無謀なリスクは明らかな悪だが、そもそも何かにチャレンジする際には何かしらリスクが伴うものだ
それ自体は至って普通のことであって「リスクがあるなら回避」と決断するのはいかにも早計だ
当然余りにもリスクが大き過ぎる場合はその限りではないが、通常はそのリスクを管理することが重要で
リスクとリターンを怪しんで回避行動やリスクヘッジをするのだ

、、、さて、ここで言いたいのは福島の問題ではない、日本人の性質にスポットを持っていく

企業で事業判断をする際は極めて慎重で消極的になる
これは多くの日本人が感じていることだろう。
ご都合主義、責任のなすりつけあい、どれもジャパニーズサラリーマンにとっては日常に溶け込んだ光景だ
反して行政のやることに対しては楽観的と言うか、最初から無条件受け入れの姿勢だ。
これはいかにもアンバランスな判断基準である

一方では消極的で慎重、ある意味でクレバーなのに、一方では無防備なバカちんに堕ちる
どちらも集団行動での話なので集団心理云々の関与するところではないだろう

仮にその判断が失敗だったとき、
消極的判断と失敗した時のヤジは概ね妥当なセットだ
散々検討に検討を重ね、時間をかけて消極的にできる限りリスクを削ったなら
おそらくそれはリスクがない判断なのだろう。だからそこで失敗だなんて、批判されてしかるべき。
しかし無条件受け入れとセットになるものは「失敗もまぁしょうがないや」のはずだ。
だってちゃんと検討もしなかったし流されていっちゃっただけなんでしょ?
リスクの測定もしなかったし、その保険も設定しなかったし、そりゃどうなったってしょうがないでしょ。
今さらいきり立って文句を述べたところで徒手空拳もいいところだ

ここに日本人のリスク管理のヘタクソさが出ている
消極的判断に慣れ過ぎていて、リスクを背負うことに慣れていない
だからリスクを背負った時にもリスクに気がつかない
もしくは本当はうっすらそれに気付いていてもそこから目を逸らし背負っていないフリをしてしまうのだ

日本サッカーが伸び悩んでいた時期によく言われていたことだが
「日本の選手はリスクを取れない」
勝負をかけてオーバーラップすることで相手を揺さぶったり
短いパスばかりではなく思い切ったサイドチェンジをやってみたり
そういうアグレッシブなトライが少な過ぎて相手にとっては戦い易い、という指摘だ

しかし当然そういうトライからもし失点したら、一気に戦犯扱い、、、

、、、という思考自体がそもそも日本人の悪いクセなのだろう

ファイゲンバウム教授しかり、ザック監督しかり、共通のことを言っていた
「日本人は失敗を恐れるし、失敗した時に落ち込み過ぎる」

逆にシリコンバレーではこう言われるらしい
「企業を一度倒産させた人間はみんなのために落とし穴の位置を確認してくれた人間だ」

あとアメリカで仕事している実感として言わせてもらうと
みんな恐ろしいほどタフだし打たれ強いしニブいし生命力がある。ビックリする

先端部門?中核部門?

先端で時代を変えるのか、既存市場でちょっとがんばるのか
会社を作る際には極めて重要、かつほとんどの場合で再選択の機会はない

もし前者であるならば製品を作ることが必ずしもゴールではない。
名を売るためのひとつの手段としての製品販売はそれはそれでアリだが、
技術が出来上がった時点でM&Aでも別に構わない。
一方後者ならば欲しいのは売上という結果なので製品やサービスは必須だ
逆にきっちりヒットを飛ばさない限り
仮に多少の注目を集めることはできたとしても買収やIPOなんて夢のまた夢だ

前者なら全力を尽くして突っ込まなければならない。金も人も。短期で結果を出すために。
売却の時のことを想定して名やステータスのある人間を揃える、なんてことも考えなければならないのだろう
逆に後者なら利益を出せる体制をキープするために固定費を抑えて常に少数精鋭で運営されるべきだ
とにかく数字、売れても黒字にならないようなものを作るなんてもってのほかだ

後者は出口戦略が成立するかどうかギリギリのラインにヒヤヒヤしながら会社運営することになるが、
もし思った通りにうまくいかなくてもそこは無難な経営にシフトして
とりあえず会社は存続させるというオプションが残される。
前者は『とにかくやる』そして『失敗なら潔く死亡』だ

全てはセットなわけだ

インベストメントを受ける
⇨出口戦略を明確にする
⇨いつまでも自分だけの会社ではないということを自覚する
⇨みんなのものなんだからその分リスクもみんなで分散させる
⇨失敗もできるしやり直しもできる
⇨大きく勝負できる
⇨そのおかげで勝ったら大きいし、分配するがゆえの社会貢献にもなる

インベストメントを受けない
⇨出口戦略はなくて良い。継続的に雇用が創出できればそれでも別に構わないし、ある程度自分勝手にできる
⇨社長はずっと自分
⇨リスクもほとんど自分が独りで背負う
⇨失敗はできない
⇨あまり大胆な挑戦はできない
⇨ローリスクローリターン
⇨もし成功したら、利益は小さいかもしれないがほぼ独り占め

日本人の性質には後者が向いている、爆発力よりも永続性
というのは日本人としてはものすごーくよくわかる。正直。