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クックパッドには投稿できない『サブプライムの作り方』

サブプライムローン問題に端を発した100年に一度の不況もひと段落、
と思ったところでギリシャ危機の追い打ちがかかり未だ予断を許さない世界経済。
ここで今一度「サブプライム問題がナゼ起きたのか?」をきっちり押さえておこう。

以下はあるNHKスペシャルを見てストーリーチックにまとめたもの。

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昔、投資銀行の大物が言った。
「金融は産業の脇役にすぎない」
産業があくまで経済の主体であって、
金融の役割は彼らが動きやすくなるようお金を回したり、
彼らが産業やサービスを興したときにより大きな儲けが得られるようサポートすることだ、と。
それが1980年代後半、当時の投資銀行最大手
ソロモングループのある管理職会議から破たんが始まった。

そこにはCEOから末端のグループリーダーまで出席していたが
その中でも最年少ながら昨年のトップセールスだったトレーダーが
「会社に貢献している人間とそうでない人間で給料が同じなのはおかしい」
と超成果主義を主張したわけだ。どこにでもあるありがちな話だろう。
そこでCEOはこう切り返した。
「お前は会社からもらったチャンスを活かしただけで
 会社が持っている資金、情報網、チーム戦術、それらのサポートがあってこそなんだ。
 自分ひとりの力で成功することができたとうぬぼれてはいかんぞ」
これもありがち、かつもっともなお話。
その場はそれで収まったのだが、後日そのトレーダーが他社から
巨額の引き抜き工作を受けていることがわかり事態が一変、
CEOは渋々トレーダーに対して成果連動の給与システムを取り入れた。
当時ダントツの業界1位だったソロモンが取った行動の影響は大きく、
成果連動システムは瞬く間に業界全体に波及していった。
結果、皆成果を最優先し高売上を得るため、リバレッジ、リスクの過熱は無限に進んでいった。
# 『勝てば官軍』『トレーダーで一発当てる』『儲け至上主義』
# なんてキーワードが当時あったかどうかはわからないが

その流れを受け、1990年代のウォール街ブームの時代。
あるトレーダーはボーナスが数10億に跳ね上がり、
1980年代には最大でも5~10倍程度しか想定されていなかったリバレッジが
なんと40倍にまで跳ね上がった。
# 1万円の保証で40万を動かすことができ、
# 仮に年利10%の国債を買えば1万円で4万円の利益を得ることができる、
# 元本の4倍かよっ!というムチャクチャな世界を作り出した

金融界は一大カジノと化したのである。

この過熱に一役かったのがサブプライム商品を最初に開発したリーマン。
彼らは1990年代中ごろに業界4位という苦しい位置にいて
当時の幹部は「新規商品を開発しなければ数年後には潰れる」という危機感を抱いていたのだ。
その危機感が彼らを『不透明なハイリスク・明確なハイリターン』へと走らせた。
サブプライム商品を、二重三重のオブラートに包んで出したところ大ヒット。
90年代後半にリーマンは一気に業界最大手に上り詰めた。
こうなると他社も真似しないわけにはいかない。
サブプライム商品は表面にそのリスクが見えないまま、業界の主流になっていった。

しかしリーマンの人間も経済学や金融工学を学び、知識も経験もあるプロフェッショナル。
99年2月の内部文書で、すでにサブプライムに対する懸念が指摘されていた。
まさに昨年市場が迎えた結末がありありと予見されていたのだ。
もうサブプライムに手を出すべきではない、と。
しかし翌3月の取締役会議でその指摘は握りつぶされ、全く逆の方針が採択された。
みな目先の利益に囚われ、もう止まることができなくなっていたのだ。

最終的に金融経済は実体経済の3倍まで膨れ上がり、限界に達した。

当時、超成果主義への扉を開いてしまったソロモンの元CEOが寂しそうに言う。
「信じがたいことかもしれないが、
 投資銀行というものは、誰かが外部から制限をかけたり制裁を加えない限り
 無限にリスクを取り続け、そして必ず破綻する。
 今回の事態で金融界の顔ぶれは変わるだろう。だが、ただそれだけのことだ」


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