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シリコンバレーエンジニアが見た日本とアメリカの比較

そろそろ、というかだいぶ前なのだがアメリカ生活が1年を経過した。

来る前に抱いていたイメージ、最初に感じた印象、いろいろ噛み締め上書きがされ
そろそろ整理できるときが来たようだ。

ということで、日本とアメリカの比較を様々な側面からしたいと思う。

なおほとんどが抽象的な所感であり何か特定の人物や物事を指してアレコレ言っているわけではないのであしからず。


まずは軽く

国土等の数値指標

の比較から。

人口
・米:3億人ちょい
・日:1.3億人くらい

国土
・米:日本約30個分
・日:東京ドーム約800万個分

これを比較するだけでアメリカは日本に比べて随分と人口密度が低かろうと想像できる。
30倍の国土に3倍の人しか住んでないわけで。
それはニューヨーク等の一部の都市を除いてその認識は概ね正解。

おかげさまで家はでかい。
庭付き・ガレージ付きの家っていうのがアメリカのけっこースタンダードだったりする。

しかしそれと不整合が生じるのが家賃や土地代は日本と同じくらい高い。
場所によっては東京の相場も遥かに上回るくらい高い。

これって税金とかの関係があるんだろうなぁ、と想像する。
どこの国でも大抵政府は『典型的家計簿』みたいなものを想定していて
それに基づいてどんなふうに課税するか考える。(まともな政府なら)
アメリカの場合そこで『家』に投じる金がかなり高めに設定されているのだろう。

とはいえ土地は有り余ってるから一軒家が多い。それもほとんど日本ではレアな平屋だ。
平屋という言葉が伝わらない世代すらあるんじゃないだろうか。
1階しか無い家のことだ。レアでしょ。日本では。

ということでアメリカでは
簡単に一軒家が借りれるし、スゴく広い、でも相場自体が高いのだ。

これは車社会を基本としていることも影響していて、
駅から遠ざかれば安いとかそういう単純なロジックが通用しない。

基本的に価格の高低を決めるのは「地域の教育レベル」だという。
なぜかというとアメリカは公立の学校はタダなのでみんな子どもは公立にいかせたい。
でも通える学校は住んでいる場所で決まるので子どもを良い学校に通わせるために引越すというのもまたアメリカのスタンダードだったりする。

というのもやはりアメリカが『移民の国』であるが故の複雑な事情がここにあるような気がする。
まぁそれはちょっと長くなるので別のところで述べよう。

価格の相場の話については当然ど田舎に行けば上記が通用しない場所もあるのだろうけど、
まぁそれって万国共通の話なのでここではあくまで全体的な傾向について述べている。


では連想ゲーム的に拾っていこう。次は

乗り物

について。

アメリカではやはり車がメジャーな交通手段だ。
元同僚のインド人は
「20年以上アメリカに住んでいるけど電車に乗ったことはない」と言っていた。
ちょっと日本では考えにくい。大きな差だなぁ。

また免許制度もちょっと変わっていて、
アメリカは言わずと知れた『合衆国』だが、運転免許についてはそれぞれの州が管轄している。

そうすると、さすがにベースとなる『交通ルール』は共通だとしても、州ごとに運用や免許取得プロセスなんかで色々と差があって困惑する。

カリフォルニア州はその最たるもので
国際免許や他の地域での免許による運転、つまり他州や諸外国での免許保持者がそのままカリフォルニアで運転することを基本的に認めていない。

これはクレイジーな話だ。ジュネーブ条約(賛同各国による国際免許の相互適用が定められている)よりも州の取り決めが優先されているというなんとも強気。

ということで日本人を含め渡米した外国人は全て免許を取り直すことになる。
このプロセスのツラさと言ったら。。。涙

まぁそんなカンジなのだが、実際運転するとアメリカは非常に走りやすい。

道幅は広いし、車線は多いし、高速道路はタダだし。

しかも意外なのはアメリカって譲り合いの精神がしっかりしてる

『お互いが一旦停止』とかの交差点ではほとんどの場合でまず譲ってくれる。

これにはビックリした。
案外礼儀正しい国なんだ。アメリカは。

さて、公共交通機関においては飛行機の存在感が日本とは桁違い。

飛行場なんて家から車で30分圏内に4つもあるし、そのうち2つは国際空港だ。

日本人で言う「新幹線で大阪まで出張」

の感覚は、

アメリカで言うと「飛行機でシカゴまで出張」

なわけだ。

日本国内では北海道、金沢、福岡に行く時しか飛行機使ったことないわ。

でもアメリカの人にとっては飛行機はいたって『日常的な乗り物』
なのでとあるコンシューマ製品の西海岸担当営業をやってる義理の従姉妹が言うには出張でものスゴくマイルが溜まるんだとか。羨ましい。


さて、ちょっと突っ込んで次は

気質

について

さきほど『案外礼儀正しい』というふうに言ったが、
ここで暮らして感じる限りではアメリカ人はなかなか誉めれた気質をしていると思う。

いくつか列挙しよう。
日本だったらどうだろう?と想像しながら読んで欲しい。

・建物に入る時、自分の前の人がドアを開けた場合そのまま次の人(=自分)が入るまでドアを持って待っててくれる

・信号のない横断歩道ではきっちり歩行者に譲る

・おばあちゃんが荷物を持って電車やパスから降りる時は通りすがりのビーボーイ風ファッションでイヤホンからラップガンガンの若者がすっと手を貸す。至ってナチュラルに

・密室空間でのベビーに対して嫌な顔をしない。むしろ話しかけたりあやしてくれる

・デート中の男性が食事のときには女性のイスを引く。例えデパートのフードコートでもだぜ

・スーパーのレジとかで普通に話しかけられる

つまりひらたく言うとフレンドリーでジェントルなのだ。

これって、おれは『”Hi how are you?”の文化』なのかなーと思う。

ちなみに上記の文を日本語訳すると「やぁ、お元気ですか?(調子はどう?)」みたいな意味だけど
これってほぼ形骸化していて別に意味はないのだ。

おれってやつは初期はそれがわかってなくて
調子が良い時はGood、スゴく良い時はFineかPretty good、悪い時はNot so goodとか言って色々状況を説明していたものだ。

当然、友達同士の会話ではそれでもいいんだろうけど、
アメリカでは確実にほぼ全ての人が会話の最初にそのお決まりのフレーズを言う。
全員に対して『自分の調子を説明する』なんてまぬけなで面倒なことはあり得ない。

したがって正解は、ほぼ機械的に「Good, good」とか言っておけば良いのだ。

さて「Hi how are you?」の文化というのは
先ほどの説明のように意味ないことをわざわざ言って会話をするという風習のことだ。
これは良い部分では『人と人の距離を縮めるのが容易』であると言える。

人間、知り合いに対してはそう邪険にはできないものじゃない?

つまり大げさに言えば、「調子はどう?」一言で、もう皆知り合い、だ。

だから、席も譲るし、ドアも開けるし、子どもをあやすし、ジェントルマンにもなれる。

日本では『家族』でも『友人』でもなく『仕事の同僚』でもなく『知り合いの知り合い』でもない人間と会話するシーンなんてどれだけあるだろうか?

見習いたいところなんだが、日本人はなかなか恥ずかしくてできないよね。

かくいう自分も未だにいきなり隣のおばちゃんとかに話しかけられると若干気後れするわ。




ちょっと方向を変えて次は

サービス

について

一文でまとめると
合理的なサービス精神、非合理的な公共サービス

こと商売においてはアメリカというのは非常に合理的だ。
「顧客にとって何が嬉しいか」をきちんと突いた
商売上手と言えると思う。

例えば、
Buy 1 Get 1 Free
という文字をアメリカのスーパーなんかではよく見かける。

「一個買ったらもう一個タダ」

という意味だ。

日本人的には「まぁなんかの叩き売りセールかなぁ」程度のものだけど、
実はコレ、
ほとんどのスーパーで毎日のように何かがBuy1Get1Freeになっているのだ。
もう常習化。

スーパーだけではない。
この前、20ドルくらいのベビー服もBuy1Get1Freeになってたなぁ。

これって事実上の50%オフなわけで、ひじょうにお買い得だがふざけてる。

なぜなら昨日はその商品を2倍の値段で買った人がいるわけだから。

しかしコレって店からしたらとても合理的なのだ。

それは2点において整理できる。

まずご存知のひとも多いと思うが、在庫というのは経理上『損失』として計上される。
つまり在庫は少なければ少ないほど良い。
なので仕入れたものがズバッとその日のうちに売り切れたらそれが最高。
だがしかしそんなにうまくいくものではない。当たり前だ。

「明日は〇〇が入荷するんだけど、、、あ、ちょっと在庫ダブついてんなぁ」

なんて状況になったらすかさずBuy1Get1Freeの発動だろう。

少々大胆過ぎるがそんなことは気にしない。ここはアメリカだ。

損失になったり破棄するくらいだったら50%オフで売れば良い。

合理的だ。

定価で買った人が苦情を言うことなんて基本的にはない。
ごくわずかなそういうことを言う人はいるかもしれないけど、
その代わりにそれの数百倍、数千倍のひとが店舗に足を運んでくれるのなら
勘定は割に合う

非常に合理的だ。

そしてもう一点は、
要するにお客がどうやったら喜ぶか
ということを大胆に実行しているだけなのだ。

アメリカでは他にも「〇〇%OFF」の広告がよく郵便受けに入っている。

ちなみに「〇〇%」は3%とか5%ではない。

30%とか40%だ。

うちの奥さんなんかはけっこー乗せられやすいタイプなのでそういうのは食いつく。
そして、行ってみるとなんやかんや買っちゃうんだよね。

で、帰りに「これだけ買ったのに〇〇ドルだよ!お買い得〜♡」

と、とても満足して帰る。

なんか非常に顧客との良い関係性が成立しているように思う。

アメリカでは非常に色々なところでこのような「血肉となった合理性」を感じることがある。

人種や価値観がさまざまな人々が集まった中である一定の結論を導くには
合理性を基準とするのが一番だったんだろうな。

さて一方、公共サービスのひどさについては音をあげる人、グチを言う人、諦める人、
いずれにせよポジティブな感情を持っているアメリカ在住の日本人は皆無だろう。

合理性に欠けるし、サービス精神も皆無。

IRS, DMV, Social Security Office …

ほんとにロクなもんじゃない。

具体的には
・やたら長時間待たされる
・係員の態度が悪い(親切さがない)
・担当者によって言うことが違ったり、手続きや法律について係員が適切な知識を持っていないことがまま多い

そして最大の問題点は、上記のあからさまな問題に対して
一向に改善の気配が無いことだ。

例えばIRSはいわゆる日本で言う税務所だ。
そりゃ税金の申告の時期になったら混むのが当たり前。毎年のことだ。

なのに未だに『ネットからアポイントメントを取る予約システム』すら無い。

現地に行って行列にならんで、ようやく辿り着いた入り口で「えーっ(´Д` )」って数字の整理券をもらって、でも待つしかないから、、、

私は前回4時間半待った。

DMVについては、、、別の投稿を参照してくれぃ。

関連リンク:DMVで免許取得

いずれにしても日本人的感覚からしたら
「ここでこうするだけで人の流れが良くなるのに」とか「みんな気持ち良く待ってられるのに」
という小さな改善点をとにかくスルーしまくる。

挙げ句の果てには待ってる人たちを目の前に平気で職員同士が雑談を始めるし、
定められた休憩時間がくると平気で作業中の書類と我々をほっぽり出して休憩に入る。
かなりたくさんのひとが待つ場所なのに待合室のイスの数はそれをまったく想定していないし、
アポイントメントシステムで同じ時間に「オイオイ」って人数の予約が入っていたりする。
そして大抵の場合で窓口が全て空いて動いているなんて夢物語だ。

そして書類の処理も遅く、プロセスがそのまま消えてなくなることすらある。
免許が届かなかったり、書類が届かなかったり、そういう類いのトラブル話には事欠かない。

実際、相当数のアメリカ人もこの現状には不満を持っているに違いない。

しかし、ここでアメリカ人的思考として


大規模なお金をかける、
つまりシステムを刷新したり、
新しく優秀なマネージャーを雇ったりしない限り、
劇的なimprovementはあり得ない
と考えている

傾向がよくある。

そう。ここには、身近なところから始めることを旨とした『KAIZEN』の精神はない。

例えば、とても混んでる場合だけちょっと昼メシ休憩をズラして処理すれば
それだけで混雑解消にはずいぶん貢献できるだろう。

例えば、混む時期には短期契約で経験者を雇うというも有効だろう。
そのぶん定常的な人員を削減すれば辻褄が合う。

例えば、
最近日本の役所に行ったのだが、様々な工夫が見て取れた。
まず行列がスタックしがちな受付には担当者が複数人いて
まずは「それならこの書類に記入してここの窓口に行って下さい」の振り分けのスピードが非常に速い。
その先の行程も作業が細分化されていてそれぞれの場所にそれぞれの担当者がいる構成だ。
流れ作業状態にしていることでスピードも速いしスタックすることがない。
実際ストレスがなかったなぁ。

他にも工夫次第で手はいろいろとあると思うのだが。。。

うーん、合理主義のアメリカ人的思考は、こういう時に可能性を縛る方向に進むように思う。

とある個人のパフォーマンスに改善の必要性があるとする
→ しかしここで「彼は彼の能力以上のことはできない」と考える
  → 彼が1時間に10人しかさばけないなら「12人できるようがんばれ」とは言えない
  → クビにするか、見て見ぬフリするかの2択

という具合に思考が帰結するのだ。

細かく、作業フローを見直したり、進捗に気を配ったり、そういうことはしない。
「そういうもんなら、それはそういうもん。
 できないもんは、できない。以上」
だ。

そしてこういうとき『商売気質』の強さも悪い方向に出る。

「たくさん処理したら利益が上がるの?役所でしょ?ここは」
だから、改善なんかする必要が無い、と。

逆にいうと、役所なくせにニコニコ親切に顧客対応する日本人の方が
むしろ彼らにとっては『奇妙/理解不能』に映るんだろうな。


さて、次はちょっと真面目な話だが

医療

について

アメリカには日本のような『国民全員が入る健康保険』みたいなものは無い。

なのでそれぞれが自力で選んで保険に入るわけだ。
そうするとその保険に応じて

そのグループの病院全てで一定価格で受診できる

というパターンと

その保険会社に対応している病院なら大きいとこ小さいとこいろんなところで受診できる

というパターンのだいたい2通りに分かれる。

前者はでっかい医療グループの話だ。
保険も病院も両方ともその会社が運営していて、その病院の『支店』以外では保険が適用されない。
しかしその分『ホームドクター制』があって
自分の担当のかかりつけ医が内科も外科もそれ以外もどの分野にかかったとしても
進捗や処方箋などすべてを管理してくれる、という特典がある。

実はうちの会社は最初コレで、まったく勝手がわからず右往左往した覚えがある。

後者は逆に小さい病院(個人病院も含む)の集合体のケースが多い。
保険会社は数々の独立した病院と提携しているだけでそれぞれは会社としては全く別の組織。
だから横の連携は特にないので当然ホームドクター制などもない。つまりは野放し。
まぁ考えようによっては「どこの病院で誰に見てもらおうと患者の自由」とも言える。

日本人が現地でやっている小さい病院などはこの後者の保険でしかカバーしていない場合がほとんどだ。
奥さんが子どもを連れて通えるように日本語で受けれる病院に、、、とか考えると前者は難しい。

当然アメリカは移民国家なので「トランスレーション・サービス」は豊富だ。
病院においても一般的で、
医者+患者+通訳(電話の向こう側)
というカンジで電話会議みたいな形で問診をするのだ。
当然日本語も対応しているしこれはこれでベンリ。
しかし細かい医療用語は通訳者がたまに対応できなかったり、
通訳も『日本人』ではなく『日系人』がほとんどなので実は日本語の実力が100点満点ではない。

たまーに通訳者の方の日本語が怪しいと隣で聞いてる自分(英語は理解できている)としてはちょっと微妙な気持ちにならんでもない。

前者はその『支店』についてはどこに通ってもよいので
「超音波はうちには無いので次の検診は〇〇に行ってください」とかよくある。
これはこれで合理的だけど、あくまでそのグループ以外には行けないのはやはり不便。

一方、後者ならば日本人の小さな病院にも現地人向けの大きな病院にもどちらでも通えるし
いつでも気軽に病院を変えることができる。これって日本の健康保険の感覚とほぼ近い。
実は後者の方がベンリなのかもしれない。

ちなみに医療費については日本と同じで無保険で換算するとバカ高い。

そして前述のとおりアメリカでは日本のような全員強制加入の国民健康保険のような制度が無いので、
貧困層が「保険に入れないから医療が受けられない」という問題がある。

実際保険料はけっこー高い。
比較的収入の低い人だと手取り月収の1割くらいは医療保険で消えちゃうんじゃないかな。

しかしアメリカってそういう部分では甘さが無い。

「払えるように働け。さもなくば去れ」

なんだと思う。

これが移民で構成されている国家の態度というものだ。

関連リンク: [ 米の道 ] 『アメリカ人』は皆よそ者だと知るべし

あと細かい話だが、アメリカの病院には個室がたくさんある
別に入院とかじゃなく、普通の診察のときの話ね。
これは
患者が医者の部屋に行くのではなく、医者が患者の部屋を回るシステム
なのだ。

非常に合理的でスピーディー。

部屋に入ると看護師さんが来て、問診と採血とかをサラッと済ませて
「じゃあドクター来るまでにこれに着替えておいて下さいね」
とか言っていなくなる。

で、ドクターが来て診察をしたら

「じゃあお大事にー」

とドクターは次の患者の部屋に向かう。

カルテ書いたり事務処理を行う部屋はどうやら別にあるみたいでそこに患者は出入りしない。

非常に合理的なシステムだなぁ〜と思った。
患者の待ち時間も短縮されているし、ただダラダラ外で待たされるより
ちょっとずつ「これやっといて」「次は何しますね」と時間をうまく使いながら
その合間を待っている分にはストレスも少ない。
なんで日本はこうしないんだろう。と思った。

「そんなこと、病院の敷地考えろや」

ってのが日本の現実なんだろうけどね。。




次にちょっと複雑だが

「型」「パターン」「常識」

というような抽象的な固定概念について。

アメリカはネゴシエーション文化だ。

まさに「雄弁は銀、沈黙は金」ならぬ

「雄弁は金、沈黙は予選落ち」だ。

ゴネないやつは損するし、ルールも何もネゴシエーション次第で変わる。

これは自由の象徴でもあるし、無秩序の証明でもある。

やはりこれは移民国家がゆえであるように思えて仕方がない。

例えば、

インド人は押しの強い人間が多く、得てして自己中心的になりがちな傾向がある。

ヒスパニック系はテンションが高く、感情的になりがちだ。

中国人は計算高く、貪欲。

韓国人は商売上手で友好と激高をキレイに使いこなす。

ヨーロッパ系は比較的穏やかだが割とすぐダルくなるのかあまり付き合いは良くない。

日本人は内気で愛想笑いが多く、何を考えてるのかわからず不気味。

という調子だとしよう。

さて、、、

こんなメンツたちがそれぞれひとりずついるグループで仕事しているとしたら

そんな中で、何が「当たり前」で何が「普通」かなんて定義できるだろうか?

できるわけがない。


ここで、日本人的価値観を押し付けたら完全な独りよがりだし
逆に、日本人的価値観を捨てる必要なんて無い。

先ほどの『ネゴシエーション』に絡めると、
日本では議論のときの基礎戦術として
「しゃべり過ぎたら負け」「先にしゃべったら負け」だとよくいわれる。

それはつまりしゃべることで揚げ足を取られる可能性が上がり
もし揚げ足を取られようもんならその後の議論が圧倒的に不利になる。

逆にイニシアチブを取って相手に反撃の隙も与えず一方的にまくし立てたところで、
説得できるどころかむしろ「おいおい、こいつ何なんだよ」と周囲からの心証が悪くなるだけだ。

これは日本の場合の話。

空気を読む、というやつだ。

しかし、
アメリカではそういう「読むべき空気」がすでに淀んでいるのだ。
いや、濁っている、というべきか。

その「空気」は誰も適確に読むことのできない。
したがってその「空気」が周囲の心証や印象を統一するようなこともない。

すなわち「空気を読む必要はない」のだ。

もしあなたが相手を一気に陥れるだけの圧倒的な説得力が『一見ある』強力な武器が用意できていれば、
別に相手の言い分など聞く必要はない。

ガーッとまくしたてて相手に反論の隙を与えずに押し切れば良いのだ。

無理が通るし、道理が、、、って何それ?道理って食えるのか?

それがアメリカだ。

(「無理が通れば道理が引っ込む」というのが通常のコトワザね)

具体的にはネゴシエーションはいろんなシーンで発生する。

役所の窓口にて、本来できるはずの手続きを「できない」と言われる

アパートの賃貸契約の更新、一年目で賃上げって、おいおいどうなのよ

クレジットカードを不正利用された、「自分じゃない」と突っぱねなきゃいけない

全て、ちょっと弱気にいったら泣き寝入りだ。

ちなみに、

先ほど「常識なんて無い」と言ったが、ひとつだけ普遍的な論理が存在した。

「言ったやつが得をする。言わないやつは損をする」

それが唯一のアメリカの常識だ。


さて、最後に

仕事

について

仕事内容については職種や会社によって様々なので、ここでは『就職の風習』について触れよう。

知っている人もいるかもしれないが、アメリカには決まった就職の時期がない。

日本みたいに4月2日に各地で一斉に入社式とかやらないわけだ。

ポジションをゲットしたひとは学生の頃から働いたりするし、
逆に大学卒業するときにまた大学に入り直す(取りたい授業を取る)ひとも少なくない。
そしてそういうパターンではどこかでインターンをやったりして
半年後に授業を取り終わったらそのままその会社に入ったりするわけだ。

ご存知のとおりアメリカは飛び級があるし、発育を考慮してのその逆もある。
そしてそれって決してスーパーな話ではなく、極めてよくある話なのだ。

アメリカで年齢を聞いてもあまり意味がない、ってのはそういうところがあるかな。
23歳と言われたら日本なら「ちょうど大学出たばっかなのかな」とか想像するけど
アメリカだったら

「20歳で一度大学を卒業して、1年半働いて、そのあと別の専攻でもう2年クラス(授業)を取ることにしたので現在学生で、半年前からインターンで〇〇で働いてます。なので今23歳です」

とかよくある話。

そして周りにそういうやつがゴロゴロしてるから、みんなバラバラに想い想いに行動するし、
自分のキャリアを育てるために真面目に必要な経験を積んでいく。

そういう意味では「名門大学を出れば就活はどうにかなる」とかいう虚構
ほぼ事実として蔓延っていた時期を日本は強く恥じなければならない。

さて、こんな環境で育ってきた人たちと会話すると困るのが
「学校の同期」とか「会社の同期」というのが説明しても彼らにはピンとこないこと。
したがって苦肉の策だが

same class = 授業で一緒だった

という言い方が唯一、正しいニュアンスをなんとなく彼らに理解させる方法だ。

良い言い方を知ってる人は教えてくれぃ。

さて続けて違いについて言及すると、
アメリカの会社には「人事部採用担当」というものも無い。

人事(HR)というのはあくまで『社員』のために必要なサービス(給与とか保険とか)を管理する部署であって
採用自体は各部署に委ねられているのだ。

部署が、部署の責任、部署の予算で、必要な人材を、必要なだけ取る。

だから部署間の異動なんて基本的にないし、
会社の方針で部署が潰れる時なんかは基本的に全員クビだ。

というかそもそもこちらでは
「1プロジェクト終わったら転職すっか」
くらいのノリがある。

作ってる製品が生産で無事軌道に乗ったら次の面白い製品が作れる会社に転職するのだ。

この人材流動性は日本とアメリカの大きな違いだ。

日本では「新卒」「中途」とか言うけどアメリカにはその区別がバカバカしいから存在しない。

そして就活プロセスは両者において共通だが、至ってシンプルだ。

  1. 知り合いやインターン先などを通じて自分に合っていそうなポジションを探す。もしくは新聞や専門サイトなどでの公募から探すようなケースもないではない。
  2. そこのマネージャークラスに話をねじ込む。もしくは知り合い経由でねじ込んでもらう。このとき送る『Resume』が日本で言う履歴書だ。
  3. 先方に気に入ってもらって「んじゃ面接でもやってみる?」というカンジになる
  4. 大抵は電話面接+直接面接をやって採用/不採用が決定

就職説明会も無いし、SPIテストも無いし、グループディスカッションも無いし、人事面接も役員面接も無い。

非常にスピーディーで効率的な就活だ。
企業も就活にほとんど金をかける必要がない。

欲しい人材を欲しい時に取って、すぐ働いてもらう。

その代わりに切る時もすぐ切る。

アメリカの雇用契約書はひじょーにおっかないもので
「会社は特に理由無くあなたを解雇できる」と書いてる。

最初びっくりしてアメリカの友達に聞いちゃった。

でもこれって非常に一般的な文言らしい。

それと対称に「あなたも特に理由無く会社を辞めて構わない」とも書いてある。
これで釣り合いが取れているらしい。アメリカの感覚では。

日本の感覚では一個も得がないように思えるだろうけどね。

たまに
アメリカは実力主義だと言われるがそれは間違いでむしろ逆だ
という指摘がある。

一部分についてはおおいに当たっている。

例えばこの就活、

アメリカの就職活動で象徴的なのはリファレンスという行為だ。
これは具体的にはその候補のひとの
前職の上司などにその人の仕事っぷりをインタビューする
というものだ。

これ、一見典型的な実力主義的手法のようで実際には正当性を欠く。

結局のところ人間関係が良好だった相手について悪いことを言う人は少ないからだ。

変則的な形だがコレってある意味でのコネだ。

前職の上司との関係性が良好であることで、次の就職にも優位になる。

そんな現実がアメリカにはある。

仕事における他のシーンでもアメリカでは『人間関係』や『コネ』が効果を持つことが多い。

前述の「理由無くクビにできる」は言い換えると「上司の機嫌を損ねたらクビ」という意味でもあるし
就活の最初に使う『楔』(先ほどの箇条書きの1)は大抵の場合で個人的なコネだ。

さらにいうと、大きな会社では学閥も明確に存在するという。

小切手とかもそうだが変なところですごくアナログなのがアメリカの特徴だ。

日本は人情とか空気を読むこととかセンシティブな人間関係を強調する一方で
仕事や組織に関わることは意外とロジカルでドライ。

一方アメリカは割と自己中心主義的な印象があるかもしれないが
前述のように他人のことにあれこれ構うくらい人情的には断然ウェット。
仕事についても個人関係やつながりに左右される部分があり案外ロジカルではない。

意外なカンジがするかもしれないがね。


さて、番外でカリフォルニア限定の話。
それは

気候

気候においては
この地球上でカリフォルニアの右に出る快適な場所があるのだろうか?!
と全力で言わせていただく。

暑すぎず、寒すぎず、基本的に一年中快晴。

一年中快晴のところって基本的には赤道直下の南の国ばかりだが、
残念ながら私はマリンスポーツに全く興味がない
そして現実問題赤道直下の国で産業が盛んな国は少ない。

つまり仕事がないので移住は難しい。(金持ちの老後くらいか)

対するカリフォルニアは緯度は日本とほとんど同じだが、
太平洋の海流の関係で一年中快適なのだとか。

とにかく、一番暑くても30℃ちょい。一番寒くても5℃くらい。
しかも冬らしい気候なのは11, 12, 1月で終わりだ。

ちなみに現在、半袖シャツにハーフパンツでこの文章を書いている。
逆に日本はあわや氷点下だとか。寒過ぎだろ。。。

またカリフォルニアの産業については言うまでもない。
腕のあるエンジニアなら仕事はいくらでも。

移住しやすく快適な気候。
仕事はあるし生活しやすい。

まさにカリフォルニアはアメリカ大陸の登竜門にして終着点ってとこだ。


と、まぁざっと書いていくとこんなところなのだが、

ちなみにここでは「あまり差がないな」と思っている部分には触れていない。
コレ以上長くなったら誰も読んでくれないだろうからな。笑

ということでここまで。

リアルに渡米を考えている方、なんとなく憧れを抱いている方、
何かの参考になれば嬉しい。



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